※下記のすべてのデータは、2008年2月末現在のものです。
| チームの歴史 | |
| 2006年から参戦することになったスーパーアグリチーム。元F1ドライバーの鈴木亜久里氏が立ち上げ、ホンダのバックアップのもと、既存のチームを買収するのではなく、まったくの新規参入で参戦を果たした。 とはいえ、参戦を発表してからわずか半年でデビューさせるにはあまりにも時間がなく、前ミナルディチームのオーナーであるポール・ストッダートから購入したアロウズA23マシンを買収し、そのマシンを改造してなんとかレギュレーションに合わせ、参戦できることになった。 国籍は日本であるものの、活動拠点はこれも旧アロウズのファクトリーを借り、イギリスを拠点としている。 特に大手のスポンサーはなく、わずかなスポンサーとホンダのバックアップによりなんとか参戦できたといった方が近いであろう。 2006年は、佐藤琢磨は年間を通して意地の走りをみせたものの、ルーキードライバーの井出有治は、あまりにも遅いためにわずか4戦でスーパーライセンスを剥奪されてしまった。代わって乗ったのはフランク・モンタニーで7戦を走り、残り7戦は山本左近がハンドルを握った 2007年からは琢磨のチームメイトにアンソニー・デビッドソン迎え入れ、ホンダのバックアップ体制も強化され、ホンダのRA106 を改良して戦い、年間で4ポイントを稼ぎ出し、中段グループへの仲間入りを果たせたと言える。 しかし、カスタマーシャシーを使用するという点では、コンコルド協定に違反する・しないで他のチームと論争を繰り返してきたため、チームに対しては良いイメージを持つ企業が少なく、2007年のメインスポンサーとなったSSユナイテッドからは一度もスポンサーフィーが払われることなく終えたため、財政は逼迫してしまった。 2008年はドライバーは同じく佐藤琢磨とアンソニー・デビッドソンで戦うこととなった。シャシーはホンダのRA107を改良したものだったが、ホンダはこのシャシーで2007年は苦しんだため、スーパーアグリも同様に開幕戦から苦しみ、最後尾に沈むしかなかった。 また、メインスポンサーもないまま開幕戦を迎え、2戦目、3戦目まではなんとか参戦できたものの、第4戦では参戦すら危ぶまれた。ここではなんとか参戦できたが、ついに5戦目であるトルコGPを前に、活動することが難しい状態となり、5月6日にF1活動を撤退する発表を行なった。チームはわずか2年半年でF1から姿を消すこととなった。 |
| チームデータ/2008年ドライバーデータ | |||
| 本拠地 | 本拠地:日本、活動拠点:イギリス・リーフィールド | ドライバー | 佐藤 琢磨 |
| GP出走回数 | 35回 | ドライバー | アンソニー・デビッドソン |
| GPデビュー | 2006年バーレーンGP | テストドライバー | − |
| 優勝 | - | ||
| ポールポジション | - | ||
| コンスタクターズ タイトル |
- | ドライバーズ タイトル |
- |
| 全成績 |
|
年 |
マシン |
エンジン |
シャシー | タイヤ |
コンストラ |
ポールポジ ション回数 |
優勝 回数 |
ドライバ ー順位 |
ドライバー |
|
2007 |
ホンダV8 |
SA08 |
ブリヂストン |
11 | 0 | 0 | ー |
佐藤 琢磨 |
|
| 0 | 0 | ー | アンソニー・デビッドソン | ||||||
|
2007 |
ホンダV8 |
SA07 |
ブリヂストン |
9 | 0 | 0 | 17 |
佐藤 琢磨 |
|
| 0 | 0 | − | アンソニー・デビッドソン | ||||||
|
2006 |
ホンダV8 |
SA06 |
ブリヂストン |
10 | 0 | 0 | − |
佐藤 琢磨 |
|
| 0 | 0 | − | 井出 有治 | ||||||
| SA05 | 0 | 0 | − | フランク・モンタニー | |||||
| 0 | 0 | − | 山本 左近 |
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